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ズンガリガリガリズンガリガーリ

人生の物語や私的なことがらを140字前後で記録します。

今年の夏休みその一

ブイ!エー!シー!エー!ティアイオエーん!悪即〜斬!というわけで前エントリが「わが家のオリンピックその一」だったがそのニは思いつかないまま夏休みの話します。まずは映画見た。

テレビで前作やってたのとネットで話題なのでおおかみこどもとバットマン見ようと思っていた。ザ消費者という行動パターンである。特におおかみこどもは子育ての話らしくて気になっていたんだけど、休日に映画を見に行くには自分の子どもの面倒をほっぽらかして(妻に任せて)「いやー、感動した!母は強しですなあ」とか言いながら帰ってくることになるので、それもまずかろうと弱っておったところじゃ。

でもこないだ正当にフリーになれる良いタイミングができたので、おおかみこどもとバットマンの二本立てで見てきました。5時間以上も映画見たら頭痛くなった。上映前のcoming soon映画予告も楽しみにしてるんだけどどっちも同じの紹介されてたのが残念。客層微妙に違うだろ、変えとけ変えとけ。


おおかみこども

さて、それではおおかみこどもの感想の話をしますよ。ネタバレあります。自分自身は今回ネタバレ上等でネットで事前情報をいくつか読んでいたので、それを踏まえて自分はどう感じるかなという気持ちでも観ました。

劇場は家族連れが多くて、あとはおばさん一人が数人。ドゥフフ系は僕一人だったようでした。

乾燥剤食べてしまったおおかみこどもを診せるのに人間の医者か獣医かで迷うシーンで、人間の医者に決まってるだろボケと思いながらもその心境的には子どもが高熱出して夜間救急を探すという僕自身の経験とも重なったりしたんだけど、斜め後ろに座っていたおばさんがプッと吹き出していたので、あれここ笑うとこか?ひょっとしてあんまりシリアスに観なくても、トムとジェリーでぺちゃんこにされるくらいの気持ちくらいでいいのかと考えたりもしました。そんな感じで全体的にリアルなんかファンタジーなんかシリアスなんかコミカルなんかってのが微妙な綱渡りで、人によって受け止め方が違くていろんな感想がでるのかなーと思いました。

そしておなじみ児童相談所の訪問を断るあたりで、やはりこれちょっと問題だろ、脚本上必要だったのかどうかもわからんと感じたのだけれど、そこから引越しを決意するシーンで火垂るの墓で清太が妹と二人で暮らすことを決めるのを思い出してもいました。火垂るの墓むかし見たときはいじわるなおばさんに結果的に追い出されたイメージを持ってたけど、今見ると清太が未熟ゆえに間違った選択をしてしまったという哀しい話だという解釈ができます。花の行動は家族のために(良かれと思って)社会を捨てるという点で似ているなーと。


清太たちは死んじゃいましたが、こっちは母の成長物語なのでここから成長します。

もしこれがアクションものなら成長にはマスターの存在が欠かせません。そうです、韮崎のじいさんです。本を読み漁りながら勉強して農作業をする花ですが、いっこうに良い結果が出ません。そこでじいさんが現れ助言してくれるわけです。気難しい老師が出てきて、うまいこと資質を認められ鍛えてもらえる、次第に周囲にも受け入れられるという、アクションものだったらまあありそうな話の流れかなーと。ワックスかける、ワックスとる。

ところでこの過程で「やっぱり本で勉強するだけじゃだめだよな」っぽい雰囲気が醸しだされそうになりながらそれほど明示もされなかったですね。チープすぎるからかもしれないけど。花の勉強家という設定は後半(じいさん以後)使われてたかどうかちょっと記憶が曖昧です。本を読んでノートは作っていたが、じいさんの言いつけをメモってたという描写はなかったように思う。村の人たちと交流する花へと変化したようにも思えたのですが、後半は雨と雪の成長に焦点があてられるのでその辺分からずじまい。


そのこどもたちについて。マイノリティを描いたつもりは無いってインタビューで監督が言ってたけど(http://wpb.shueisha.co.jp/2012/07/28/12951/2/)、確かに「人かオオカミか」を迷っていた話で、おおかみこどもとしてのアイデンティティはそれほど考慮されてない感じがしました。

そのオオカミサイドの話だけど、花も制作側も僕らも動物の気持ちはどうしたらいいかさっぱりわかんないわけじゃん。バンビとかライオンキングみたいにしたらファンタジーすぎるし。だからなんかいろいろと謎に包まれたまま。そういえばおおかみおとこは絶滅したニホンオオカミだそうだけど、ニホンオオカミが皆おおかみおとこなのか、シンリンオオカミもおおかみおとこになれるのかわからなかった。そんで雨の「先生」。ここにも師匠が出てくるんだけど、二度目ともなると都合が良すぎてズルイし、「先生」に至るまでの過程とか何でお前が「先生」の跡を継がなきゃいけないんだよとか説明が欲し、、いやそんなに欲しくもないかな。やっぱり無粋な感じになりそう。いつの間にか外で勝手に世界作ってた息子という親視点での驚き、な効果でうまいこと省略しやがったなーと。なんかそういう説明不足とも言い切れないような省略がいろんなとこにある感じもしました。尺の問題のような、それを上手くつかって演りたいことを効率良くパッケージしたような。


以下、このエントリ書いててパッケージしきれなかった感想。

  • 人間とは意思の疎通ができなそうな目をした写実的な「先生」とディフォルメ顔のおおかみこども雨が並んでいるのは、グーフィーとプルートが並んでいるのより妙な感じがした。あそこちょっとアニメ的に冒険だったんじゃないかしら。
  • ちなみにうちの子も姉弟なのでちょっと親近感でした。幼少時の雨の弱さは、うちの2歳男子を先日プールに連れていった時によその子に水しぶきかけられてショボンとしていた表情が似ていて微笑ましい。




バットマン

そういえばバットマンにも師匠いたのだ。


エントリが、壮絶に、終わる。